ちょいと旅に

中日本をグルッと廻ります
面白いご報告できるといいなー^^v
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こってこての、スピスピ

イラストレーターの生頼範義さんが亡くなられました

彼の絵に会ったのは
角川文庫華やかなりし頃
平井和正の幻魔大戦の文庫本の
表紙を彩っていたイラストでした
(本の中も彼のイラストが入っていた
曲亭馬琴の八犬伝のように)

そして彼は
平成ゴジラのポスターを描いてくれました
あれは、ほんと、うれしかったなぁ

彼は「こっち」の世界と「あっち」の世界を
つないでくれる、稀有のアーティストでした

あ、そっちの世界に行っても
平井和正には会わなくていいからね^~^

どうせ、喧嘩になるだろうから^▽^

「不世出のアーティスト」=「人としてどっかちょっと...(--;)」
というのがありますので

今この時期に、「あっち」の世界で派手にやらかされたら
「こっち」の世界のみんな、迷惑しますんで
テキトーにいってください

職人にとって「テキトー」ほど憎むものはないかもしれませんが
そこは一つ、「ながーい目で(by小松政夫)」、スルーしてくだされ^^

そして、これ!

まずはドン・ファンの言葉を引用


「ここで今すぐ、力への第一歩を教えてやろう」
「どうやって「夢を使う」のか教えてやる」

「簡単なことかr始めにゃいかん。今夜お前は夢の中で両手を見つめねばならん」

「わしが両手と言ったのは、それがわしには一番見やすいからだ。
冗談なぞと思うなよ。「夢を見る」ってのは「見る」とか死ぬとか、
とにかくこの恐ろしくも神秘的な世界の、他のあらゆるものと同じくらい重大なことなんだからな
何か楽しいことだと思え。到底できそうにもないような、
考え付きもしないことを頭に浮かべるんだ。
力を狩る者に、「夢」の限界などありはしないんだからなな」

「「夢の使い方」を学ぶときのコツというのは、ただものを見るだけじゃなくて、
その光景を持続させるってことだ。あらゆるものの焦点を合わせるのに成功したとき、
「夢」は現実になる。そうすれば、眠っているときにすることと、眠っていないときに
することには違いがなくなるわけだ。わかるか?」

「両手を見つめんでもいい。わしが言ったみたいにはな。
なんでもいい。だが、ひとつ前もって決めておいて、
夢でそいつを見つけるんだ。わしが手と言ったのは、
それならいつもそこにあるからなんだ。
その形が変わりはじめたら、そこから目をそらして他のものを見て、
それからもう一度手を見るんだ。
このテクニックが完全にこなせるようになるまでには、
長い時間がかかるぞ」



よく明晰夢を見る方法として「夢の中で自分の手を見る」というのが
挙げられていますが、どうやら出典はこれのようです

ボクが気づいたんじゃなくて、気づいたのはマサトさん
ボクはすっかりスルーしていました^^;

そして「手」とは限らず、あらかじめ何か取り決めておいて
それを夢の中でみつめればいいと

かつきちが明晰夢を見るときは
夢の中で突然「あっ(*'▽'*)わぁ♪」となるパターンなので
いまいち完全にコントロールできている自覚がありません

夢見のコントロール、さっそく実践してみよう
さて、かつきちの「取り決め」、なんにしようかなー
とりあえず「手」でいっか^▽^

履歴を消す

トルテックの重要なキーワードに「履歴を消す」というのがあります

昔のアニメのエンディング・テーマで
♪だ~れも知らない、知られちゃいけ~なぃ~♪
てのがありましたが^^

カスタネダの本の新訳を翻訳した人は
実は旧訳も訳している人だったりもします

その人が新訳の後書きで書いていたのは
旧訳を訳していたときにカスタネダ本人から
届いた手紙の文面でした
(新訳、旧訳わずらわしいね^^v)


”ドン・ファンの教えに従っている私が個人的な事柄を書くことは、
知者は他人がアクセスすることのできない存在である、
という規範と、”ブルホ”には履歴というものがないという規範に
抵触するので、私個人に関して詳しいことはお教えできません”


本の中だと、分からずやカスタネダが師匠ドン・ファンに
無謀につっかかってる場面が目に余るのですが^^;
この手紙を見ると、”受け継ごう”という「意思」が感じられます
そしてその後、その「意志」は無残な結果に終わったんだろうな
ということも予感させます

またこの「履歴を消す」という言葉を見るたびに
かつきちには、中島みゆきのある歌の歌詞が思い出されます



帰れない歳月を 夢だけがさかのぼる
足跡も探せずに 影と泣く十三夜
異人の形です 旅した者は
戻れぬ関です よそ者には
帰れない歳月を 夢だけがさかのぼる



そして「足跡」が消え去って...



小さな小さな鳥の列が なぎ払われる
小さな小さな鳥の列が 組み直される
飛びたて 飛びたて 戻る場所はもうない
飛びたて 飛びたて 夜の中へ


トルテックのいう「戦士」って、こういう存在じゃなかろうか

カスタネダの本

if...さんのコメントにお答えしまして
カスタネダの本の案内^^

昔、大きな本屋の精神世界の本棚に行くと
カスタネダのシリーズが十何冊も並んでいたものでした

そして、数年前、カスタネダの初期の4部作が
装いも新たに新訳で出版されています

お勧めはこっちかな

『ドン・ファンの教え』
『分離したリアリティ』
『イクストランへの旅』
『力の話』

この4冊の中でもお勧めはと聞かれたら
かつきちは最後の『力の話』かなぁ

それぞれ様々なエピソードが出てきて面白い点もあるのですが
大半は?チンプン?ヽ(゜◇。)ノ?カンプン?です
ドン・ファンのゆってること、ほとんど分からない^^;

マサトさんのブログの記事と読み合わせると
あぁ、もしかしたら、そういうこと?的な楽しみ方もあるかも

「エメラルド・タブレット」よりは幾分(ホント、幾分ね^^)読みやすい

でもでも、カスタネダの本に挫折してしまった人に朗報があります!フフッ(´ー+`)キラッ
裏参考書的な本があるのです!

平井和正の幻魔大戦deepトルテック

先日亡くなられた平井和正さんの遺作となった小説です
この人は古くから、それも日本で翻訳が出る前から原書で
カスタネダの本を読んで、トルテックの世界に入れ込んでいたようです
(証拠無し、あくまでもボクの憶測^^;)

そして、なんとか難解な(つまり、読んでいるうちに分かんなくなって
ひたすら眠くなる^^)トルテックの世界をエンターテイメントにできないかと
長年模索していたようです

そして晩年も晩年、ついに満を持して上梓したのがリンク先の本なわけです
カスタネダの本の絶好の(眠くならない)裏参考書です

ただし...高い...薦めるのはちと辛いボクがいる^▽^

トンでもの上にトンでも

トルテックにはいくつか重要なキーワードがあり
「見る」のほかに「盟友」というのがあります

「盟友」とは...
ボクには説明はムリ^^;;

どうやら「盟友」は変幻自在の存在らしい
以下、数ある「盟友」に関するドン・ファンの言葉から一つ



「人間のいる所では人間のようにふるまうし、動物のいる所では動物のようにふるまうのさ。
動物は普通、盟友を恐れるがそれを見慣れていればほうっておくさ。
わしらも似たようなことをするんだ。
わしらの間には盟友がたくさんいるが、うるさがられるようなことはせんのだ。
わしらの目はものを眺めることしかできんから気がつかんのさ」
それじゃ道で見かける人の何人かは本当の人間じゃないって言うのかい?
わたしは彼のことばにまったく当惑してこう尋ねた。
そうだ」彼は力をこめて答えた。



しぇぇぇ~Σ(・ω・ノ)ノ!

マサトさんが大阪でキリストに会った話は聞いてましたよ

でも、それってマサトさんだからこその特別なエピソードだろうと
どっかでタカをくくっているかつきちでした^^;

ドン・ファンによるとそれは特別じゃなく、極々普通のことらしい

この文章読んで以来、道々すれ違う人を見る目が変わっている
かつきちです^^

最初に言い出したのは誰なんだろう

カスタネダの本から^^;

ドン・ファンはカスタネダに
トルテックの「見る」ということを教えようとするんだけれども
カスタネダは一向に分かる気配もない

そして師弟のこんなやりとりが


「たぶん約束だろう」ドン・ファンが長い沈黙の後こう言った
「えっ?」
「ずっと昔にお前がした約束だよ」
「何の約束だい?」
「たぶんわかっているだろうよ。思い出せるだろう?」
「いいや」
「一度えらく大事なことを約束したな。たぶんその約束が”見る”のを妨げているんだ」
「何のことかさっぱりわからないよ」
「お前の約束のことだ!さあ思い出すんだ」
「知ってるならなんで言ってくれないんだい」
「だめだ。言っちまっちゃお前のためにならん」
「ぼくが自分に約束したことかい?」

(中略)

「男の子が『見える』。泣いているぞ。泣いているぞ」
「ぼくの知ってる男の子?」
「そう」
「ぼくの息子?」
「違う」
「今も泣いているかい?」
「ああ、泣いてるぞ」彼は断言した。

(中略)

「それじゃ、ぼくが小さい頃子供でまだ泣いているって言うのかい?」
「今も泣いている子供だ」彼はきっぱりと答えた。
「自分で言ってることがわかってるのかい、ドン・ファン」
「むろんだ」
「ちっともわかんないよ。ぼくが小さい頃子供で今も子供だなんて、どういうことだい?」
「子供で、今泣いているんだ」彼は頑固に言いはった。
「説明してよ」
「だめだ。お前がわしに説明せにゃいかん」



この記事を読んでくれている方々の頭の中には
ただ一つのスピ系のキーワードしか浮かんでこないんじゃないでしょうか
ボクもそれ以外思いつかない^^v

ただカスタネダがこの本を出したとき(70年代初めの頃)は
多分、そのキーワードって
まだそれほど人口に膾炙してなかったろうと思う

カスタネダはそのキーワードを一切書いていない
多分、そういう言葉、なかったんだろう

てことは、その後、そのキーワードを
初めて世に出した人がいるってことよね

誰なんだろう?
どういう人なんだろう?
ちょとだけ興味ある^~^

動物は死を「見る」

ちょっと前のニュースにこんな記事が

動物の骨で魚は釣れるか 京都で縄文時代の漁法に挑戦

舞鶴の高校生が縄文時代に使われていたような
シカなどの骨で作った釣り針で釣りをしてみたんだと

で、釣れなかったとo(*>Д<)ゝ < ザンネ-ンッ!!

その手の釣り針は、誰でも一度はどこかで
写真を見たことあると思うけれど
「ほんとにこんな釣り針で魚が釣れたんだろうか...」
と思うんではないかな^^b
ボクもそう思ってた

そして今、カスタネダの本を読み返しているのですが
こんなドン・ファンの言葉が



わしらはコヨーテを罠にかけたり、毒で殺したり、撃ったりするが、
いずれにせよコヨーテが簡単にわしらの餌食になるのは人間の策略に通じておらんからさ。
だがコヨーテが生き残ったら二度とそいつを捕まえられんことがわかる。
うまい狩人はそのことを知っとるから、同じ場所に二度罠をかけるなんぞということは決してせん。
もしあるコヨーテが罠で死んだら他のコヨーテにはその死が見えるんだ。
だからそうして生き残ったコヨーテは罠や、それがしかけられているあたりさえ避けるようになる。
しかしわしらには死が決して見えんから仲間が死んだあたりをうろつくわけだ。
わしらは死をうすうす感じはするが決して見ることはないんだ。


ひょえ~~~!(; ゚ ロ゚)ナン!( ; ロ゚)゚ デス!!( ; ロ)゚ ゚トー!

てことはですよ
縄文時代にはあんな針でも魚は釣れていたと
しかし仲間たちが釣り上げられ死んでいくのを
魚たちは「見て」いたと
そしてついにはあんな針にはかからなくなってしまった
ということになるのかな

(トルテックの「見る」は重要なキーワードで
普通に「目で見る」とは意味が違うらしいです)

人間は強烈な「個」というか「自我」があって
他人の体験を直で受け取ることはできない
しかし動物にはそれができる...ってことか
集合無意識のようなものと直結して生きているのかもしれない

ということはだよ、そのうち今ある仕掛けでも魚が釣れない時代が来る...のかも

いけずカスタネダ^^

マサトさんの記事を追いかけていて
久々にカスタネダが出てきた^^

確かにカスタネダの本は
「幽体離脱」「体脱」「アストラル」
なんちゅう言葉は一切でてこない

でも、かつきちが読んでいると
カスタネダがドンファンに追い詰められて
文化人類学のフィールドワークの一環として
ムリクリ経験させられた、経験した記述の中には

スピ体験乏しい、かつきちから見ても
「いや、これ体脱でしょ!」としか見えない
体験記録が出てきます

カスタネダの本の中に
「体が沈み込む」という記述がありました

これ、かつきちも体験しています
「ザ・体脱」のように、体が丸太のようにクルクル
回るわけではなくて
ずぶずぶと背中から沈みこんでいって
体脱になったことはありましたので^^

トルテックの呪術師は
「体脱」に対して違う見方をしているのかもしれません

彼らからすると
「あのさ~、”体脱”とか変な意味づけしてほしくないんだけどなぁ」
「ほんとのリアル、ワカッテル?」
「たまねぎの皮のように折り重なった宇宙が見えてる?」
って感じなのかしら^^;

今、マサトさんの記事を追っかけながら
カスタネダの本もめくっています
大変だぞ、この作業は
ムッキー!ヽ(`⌒´)ノ

いや、キレるとこぢゃなかった^^b

腑に落ちました

ORIONS GATE14を拝読いたしました

凡百の夢判断サイトを眺めるよりも
スコンと腑に落ちました

「旅」が指し示すもの、「歳時記」が指し示すもの
あぁ、そうなんだと、納得も得心もいっております

今、マサトさんの記事を追いかけています
歯ごたえありすぎ!
虫歯だらけの歯でスルメを一所懸命喰ってる感じ...
で時間かかりますが

あで?オレって、ORIONS GATE購入資格あったっけ?--;

明晰夢からの体脱

ブログのタイトルを「ザ・体脱」に変えてから
1発目の体脱体験

それは明晰夢からのものとなりました^^;

なんでだ~(#`Д´)ノノ┻┻;:'、・゙
なんで「ザ・体脱」ぢゃないんだ~

相変わらずガイドさんたちにも遊ばれているらしい
うん、そうだ、きっとそうだ(T△T)



夢の中で崖の上を歩いていた
下には歩道が見えていて
どこかの街の景色が広がっていた

とくに見覚えのある景色ではなかったのだけれども
「あぁ、またココに来たんだ~」とぼんやり感じていた
夢の中の自分はよく知っている場所らしい

しばらく歩いていると、「あ、これ夢だ」と気づく

「お!これ夢の中だぜ!」(。+・`ω・´)シャキィーン☆的な
はっきりした意識ではなく、ぼんやりとした( ´-`)。o 0
夢をひきづっているような、ちょい弱めの明晰夢
半ば自由、半ば不自由な行動となる

あ、この先、崖が途切れて海になっているだよなぁ
と思っていると、すぐに崖の突端が見えてきて
向こうには海が

夢なんだしそっから飛んじゃえ!ということで
駆け出して、突端からえいやっと飛んだ...
つもりだったが、体は回転しながら海面へと落ちていった^^;

ありゃ、飛べないや、だめだなぁ、と思っていると
落下がピタッと止まり、フワリと体が浮上しだした

でも、上がったり下がったり
ふらふら、ゆらゆら、よろよろとした
飛ぶというよりも、漂う感じの弱弱しい飛び方

ここで明確に行き先を決めれば行けたと今は思う
このときは半分ボンヤリした意識だったので
思いつくことができなかった

そして場面転換



公園のような遊園地のような場所で
噴水の周りを歩いている自分に気づく

混雑というほどではないけれども
そこここに人はいて、にぎやかな感じはあった

ふと視線を遠くにやると
ジェットコースターやメリーゴーラウンドなどの
いかにも遊園地な施設が目に入ってくる

それを見た瞬間、強烈な郷愁感におそわれた
実際に行ったことのある遊園地ではなく
子供の頃、時々夢で見て、遊んだ遊園地だと気づいた

行かなきゃ!とそちらへ足を向ける
と、入場ゲートが現れた
むか~しの昭和感あふれる自動改札機
バーがガチャンガチャンまわって人を通すヤツ
自動改札機には「90円」という張り紙があった

あわててポケットを探るかつきち
なにやらたくさんごちゃごちゃと入っているが
肝心のチケットが見つからない
お金もなかった
でもゲートは通りたい

別の方策をなんか考えようと、とりあえずその場を離れる
ぽてぽて歩いていると、ズボンの右のポッケから
ビールのボトルが出てくる

そのビールを飲み飲み、ひたすら歩いて
ゲートを通る方法を考える
が、なにも思いつかない^^;

どうしよう...というところでまた場面転換



屋外の開放感ある場所
仲間たちと階段に座って、ワイワイやっている
かつきちよりも上の段に座っているヤツがボクに声をかける
よく聞き取れない
でも、病院のような施設を言っていて、そこへ行けという意味であることは分かった
病気であるとは思っていないかつきち、大いにブーたれて
大声で「却下~!」と返事する

すると今度は、かつきちをはさむように横に座っていた
別の2人の仲間が、じゃぁ、ここ、という感じで
別の病院を提示してくる
メモ書きが見えて「港南病院」と書かれていた
が、「がいなんびょういん」と発音していた

わけが分からなくなって、途方に暮れているうちに
意識がふわーっと薄れていき、目が覚めた

てことで、体脱終了



本来、明晰夢と「ザ・体脱」に違いはない、というのは分かります
でも、ブログのタイトルを「ザ・体脱」に変えてから
1発目の体験が明晰夢からフワリと体脱に移行するものなんてなぁ
なんだかなぁ~、どっかずれてるよなぁ
まぁ、かつきちらしいっちゃ、らしいかなぁ(´_` )トホホ

あの通れなかったゲート!気になりますねぇ
特に監視している人も見当たらなかったので
ムリヤリ強行突破もできたんじゃないか...ダメか^^;
何か今、かつきちが抱えている限界、制約をあらわしているんだろうとは思う
モロ、通せんぼだもんね
その限界が「90円」てのは安すぎないか^▽^
しかもかつきちそれを払う金もってなかったし
でも酒呑んでるし
アストラル界のダメ男かつきち,,,( T_T)

最後の仲間たちからの提案は、まったく分からない
なんで病院へ行くことを促されるのか...
かつきち、どこも悪くないんだが(#・ж・)ブゼーン

ここはあっちの世界の病院的な施設と受け取っておこう
霊体をメンテしてくれるみたいな

具体例が出せず申し訳ござらん!

ここしばらく、職場の昼休みに
iPadをYouTubeにつなげて瞑想用音源を聞きながら
寝落ちしているかつきちです^^

寝落ちもアリだと思う
いったん寝落ちしてから
また浮上するときに体験することは
とても濃ゆい^~^

今までアファメーションは
「ガイドさん、何かメッセージをください!」
がもっぱらだったのですが

今週からアファーメーションを
「ガイドさん、ボクに”気づき”をください」
でやっています

これ、覿面に効きました!^^b

オノレのメンタルブロックに気づくことと相成りました
ボクのブロック君がボクを誘導していることが「見えた」^^
さすが、かつきちを知り尽くしたブロック君
その誘導は見事でござった、(`・ω・´)シャキーン

最近「トルテック」でネットの検索をかけると
カスタネダよりもドン・ミゲル・ルイスの記事が多く出てきます
ボクはドン・ミゲル・ルイスの本を読んだことはまだないんだけれども
そのネットの記事で紹介されていたのは
誰の心の中にもいる「法の書」「裁判官」「犠牲者」というキーワードでした
このキーワードはすべて自分を否定する方向に働きます

かつきち、それが「見えた」
いや「法の書」「裁判官」「犠牲者」が具体的なイメージとして見えたわけではなくて
それらの「やり口」の一端を垣間見たにすぎない...んだけれども

ほんとはここで具体例をあげなければ説得力もくそもないんだけれども
いかんせん、かつきちの個人的な事情にかかわるところ大なので
まだおおっぴらに記事にすることができません!
申し訳ない!

ヘミシンクとはまた一風違うカタチで
ただ「見えた」よ、というのは報告したいの^^: