そして、これ!

まずはドン・ファンの言葉を引用


「ここで今すぐ、力への第一歩を教えてやろう」
「どうやって「夢を使う」のか教えてやる」

「簡単なことかr始めにゃいかん。今夜お前は夢の中で両手を見つめねばならん」

「わしが両手と言ったのは、それがわしには一番見やすいからだ。
冗談なぞと思うなよ。「夢を見る」ってのは「見る」とか死ぬとか、
とにかくこの恐ろしくも神秘的な世界の、他のあらゆるものと同じくらい重大なことなんだからな
何か楽しいことだと思え。到底できそうにもないような、
考え付きもしないことを頭に浮かべるんだ。
力を狩る者に、「夢」の限界などありはしないんだからなな」

「「夢の使い方」を学ぶときのコツというのは、ただものを見るだけじゃなくて、
その光景を持続させるってことだ。あらゆるものの焦点を合わせるのに成功したとき、
「夢」は現実になる。そうすれば、眠っているときにすることと、眠っていないときに
することには違いがなくなるわけだ。わかるか?」

「両手を見つめんでもいい。わしが言ったみたいにはな。
なんでもいい。だが、ひとつ前もって決めておいて、
夢でそいつを見つけるんだ。わしが手と言ったのは、
それならいつもそこにあるからなんだ。
その形が変わりはじめたら、そこから目をそらして他のものを見て、
それからもう一度手を見るんだ。
このテクニックが完全にこなせるようになるまでには、
長い時間がかかるぞ」



よく明晰夢を見る方法として「夢の中で自分の手を見る」というのが
挙げられていますが、どうやら出典はこれのようです

ボクが気づいたんじゃなくて、気づいたのはマサトさん
ボクはすっかりスルーしていました^^;

そして「手」とは限らず、あらかじめ何か取り決めておいて
それを夢の中でみつめればいいと

かつきちが明晰夢を見るときは
夢の中で突然「あっ(*'▽'*)わぁ♪」となるパターンなので
いまいち完全にコントロールできている自覚がありません

夢見のコントロール、さっそく実践してみよう
さて、かつきちの「取り決め」、なんにしようかなー
とりあえず「手」でいっか^▽^
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履歴を消す

トルテックの重要なキーワードに「履歴を消す」というのがあります

昔のアニメのエンディング・テーマで
♪だ~れも知らない、知られちゃいけ~なぃ~♪
てのがありましたが^^

カスタネダの本の新訳を翻訳した人は
実は旧訳も訳している人だったりもします

その人が新訳の後書きで書いていたのは
旧訳を訳していたときにカスタネダ本人から
届いた手紙の文面でした
(新訳、旧訳わずらわしいね^^v)


”ドン・ファンの教えに従っている私が個人的な事柄を書くことは、
知者は他人がアクセスすることのできない存在である、
という規範と、”ブルホ”には履歴というものがないという規範に
抵触するので、私個人に関して詳しいことはお教えできません”


本の中だと、分からずやカスタネダが師匠ドン・ファンに
無謀につっかかってる場面が目に余るのですが^^;
この手紙を見ると、”受け継ごう”という「意思」が感じられます
そしてその後、その「意志」は無残な結果に終わったんだろうな
ということも予感させます

またこの「履歴を消す」という言葉を見るたびに
かつきちには、中島みゆきのある歌の歌詞が思い出されます



帰れない歳月を 夢だけがさかのぼる
足跡も探せずに 影と泣く十三夜
異人の形です 旅した者は
戻れぬ関です よそ者には
帰れない歳月を 夢だけがさかのぼる



そして「足跡」が消え去って...



小さな小さな鳥の列が なぎ払われる
小さな小さな鳥の列が 組み直される
飛びたて 飛びたて 戻る場所はもうない
飛びたて 飛びたて 夜の中へ


トルテックのいう「戦士」って、こういう存在じゃなかろうか

カスタネダの本

if...さんのコメントにお答えしまして
カスタネダの本の案内^^

昔、大きな本屋の精神世界の本棚に行くと
カスタネダのシリーズが十何冊も並んでいたものでした

そして、数年前、カスタネダの初期の4部作が
装いも新たに新訳で出版されています

お勧めはこっちかな

『ドン・ファンの教え』
『分離したリアリティ』
『イクストランへの旅』
『力の話』

この4冊の中でもお勧めはと聞かれたら
かつきちは最後の『力の話』かなぁ

それぞれ様々なエピソードが出てきて面白い点もあるのですが
大半は?チンプン?ヽ(゜◇。)ノ?カンプン?です
ドン・ファンのゆってること、ほとんど分からない^^;

マサトさんのブログの記事と読み合わせると
あぁ、もしかしたら、そういうこと?的な楽しみ方もあるかも

「エメラルド・タブレット」よりは幾分(ホント、幾分ね^^)読みやすい

でもでも、カスタネダの本に挫折してしまった人に朗報があります!フフッ(´ー+`)キラッ
裏参考書的な本があるのです!

平井和正の幻魔大戦deepトルテック

先日亡くなられた平井和正さんの遺作となった小説です
この人は古くから、それも日本で翻訳が出る前から原書で
カスタネダの本を読んで、トルテックの世界に入れ込んでいたようです
(証拠無し、あくまでもボクの憶測^^;)

そして、なんとか難解な(つまり、読んでいるうちに分かんなくなって
ひたすら眠くなる^^)トルテックの世界をエンターテイメントにできないかと
長年模索していたようです

そして晩年も晩年、ついに満を持して上梓したのがリンク先の本なわけです
カスタネダの本の絶好の(眠くならない)裏参考書です

ただし...高い...薦めるのはちと辛いボクがいる^▽^

トンでもの上にトンでも

トルテックにはいくつか重要なキーワードがあり
「見る」のほかに「盟友」というのがあります

「盟友」とは...
ボクには説明はムリ^^;;

どうやら「盟友」は変幻自在の存在らしい
以下、数ある「盟友」に関するドン・ファンの言葉から一つ



「人間のいる所では人間のようにふるまうし、動物のいる所では動物のようにふるまうのさ。
動物は普通、盟友を恐れるがそれを見慣れていればほうっておくさ。
わしらも似たようなことをするんだ。
わしらの間には盟友がたくさんいるが、うるさがられるようなことはせんのだ。
わしらの目はものを眺めることしかできんから気がつかんのさ」
それじゃ道で見かける人の何人かは本当の人間じゃないって言うのかい?
わたしは彼のことばにまったく当惑してこう尋ねた。
そうだ」彼は力をこめて答えた。



しぇぇぇ~Σ(・ω・ノ)ノ!

マサトさんが大阪でキリストに会った話は聞いてましたよ

でも、それってマサトさんだからこその特別なエピソードだろうと
どっかでタカをくくっているかつきちでした^^;

ドン・ファンによるとそれは特別じゃなく、極々普通のことらしい

この文章読んで以来、道々すれ違う人を見る目が変わっている
かつきちです^^

最初に言い出したのは誰なんだろう

カスタネダの本から^^;

ドン・ファンはカスタネダに
トルテックの「見る」ということを教えようとするんだけれども
カスタネダは一向に分かる気配もない

そして師弟のこんなやりとりが


「たぶん約束だろう」ドン・ファンが長い沈黙の後こう言った
「えっ?」
「ずっと昔にお前がした約束だよ」
「何の約束だい?」
「たぶんわかっているだろうよ。思い出せるだろう?」
「いいや」
「一度えらく大事なことを約束したな。たぶんその約束が”見る”のを妨げているんだ」
「何のことかさっぱりわからないよ」
「お前の約束のことだ!さあ思い出すんだ」
「知ってるならなんで言ってくれないんだい」
「だめだ。言っちまっちゃお前のためにならん」
「ぼくが自分に約束したことかい?」

(中略)

「男の子が『見える』。泣いているぞ。泣いているぞ」
「ぼくの知ってる男の子?」
「そう」
「ぼくの息子?」
「違う」
「今も泣いているかい?」
「ああ、泣いてるぞ」彼は断言した。

(中略)

「それじゃ、ぼくが小さい頃子供でまだ泣いているって言うのかい?」
「今も泣いている子供だ」彼はきっぱりと答えた。
「自分で言ってることがわかってるのかい、ドン・ファン」
「むろんだ」
「ちっともわかんないよ。ぼくが小さい頃子供で今も子供だなんて、どういうことだい?」
「子供で、今泣いているんだ」彼は頑固に言いはった。
「説明してよ」
「だめだ。お前がわしに説明せにゃいかん」



この記事を読んでくれている方々の頭の中には
ただ一つのスピ系のキーワードしか浮かんでこないんじゃないでしょうか
ボクもそれ以外思いつかない^^v

ただカスタネダがこの本を出したとき(70年代初めの頃)は
多分、そのキーワードって
まだそれほど人口に膾炙してなかったろうと思う

カスタネダはそのキーワードを一切書いていない
多分、そういう言葉、なかったんだろう

てことは、その後、そのキーワードを
初めて世に出した人がいるってことよね

誰なんだろう?
どういう人なんだろう?
ちょとだけ興味ある^~^